チャーリー・シーン

チャーリー・シーン(Charlie Sheen、本名Carlos Irwin Estévez、1965年9月3日 - )は、アメリカ合衆国の俳優。

来歴

ニューヨーク州ニューヨーク出身。兄のエミリオ・エステヴェス、弟のジョー・エステヴェス、ラモン・エステヴェス、妹のレネー・エステヴェスも俳優。父のマーティン・シーンは、『地獄の黙示録』で主演を務めた。チャーリーはのちに『ホット・ショット2』で、そのパロディをやっている。

子役として9歳から父親主演の映画などに出演していた。サンタモニカの高校に通っているときには友人のロブ・ロウやクリス・ペンらと共に8mmで映画撮影をはじめている。

本格的な映画出演は1984年から。2年後にはオリヴァー・ストーンの『プラトーン』に出演して注目されるようになる。続いて『ウォール街』、『ヤングガン』などヒット作に出演してスターの座を掴む。1990年代には『ホット・ショット』などのコメディ映画にも出演しているが、スキャンダルも多く徐々に人気が落ち込んでいってしまう。しかし2002年から出演したテレビシリーズ『スピン・シティ』ではゴールデングローブ賞を受賞した。

私生活

どちらかと言えば小市民的な役が多いのだが、彼の私生活は麻薬や発砲事件などのトラブルが多かった。1990年には当時交際していたケリー・プレストン(現・ジョン・トラボルタの妻)に誤って発砲して怪我をさせるという事件があった。アルコール依存症で療養所に三ヶ月間入院したこともある。また、5000人の女性とセックスしたというほどの好色漢である。

シーンは1995年9月3日から1996年11月19日までドナ・ピールと結婚していた。ピールとの離婚後に女優デニス・リチャーズと2002年6月15日と結婚した。彼女との間には2004年に生まれた娘のサムと2005年に生まれたローラ ・ローズがいるが、2006年に離婚し、親権争いがタブロイド紙を賑わせる結果となった。彼にはポーラ・プロフィットとの間にもう一人の娘カサンドラ(1985年 - )がいる。

2007年7月に不動産投資家で女優の卵のブルック・ミュラーと婚約、2008年5月に結婚。2009年春には双子の男女が誕生予定。

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チャーリー・ビラヌエバ

チャーリー・ビラヌエバ(Charlie Alexander Villanueva)ことチャーリー・アレクサンダー・ビラヌエバ・メヒア(Charlie Alexander Villanueva Mejia, 1984年8月24日 - )は、ドミニカ共和国のプロバスケットボール選手。北米男子プロバスケットボールリーグNBAのデトロイト・ピストンズに所属している。ニューヨーク州クイーンズ出身。ポジションはパワーフォワード。211cm、108.9kg。

経歴

ビラヌエバはレブロン・ジェームズと同じ学年で、レブロンと同じく高卒でのNBA入りを目指していた。高校時代からその存在は注目されていた逸材ではあったが、精神面の未熟さを指摘されていた。 コネティカット大学に進学し、2004年のヤングメン世界選手権の優勝メンバーとなった。大学2年終了後にアーリーエントリーを宣言し、2005年のNBAドラフトでトロント・ラプターズに1巡目全体7位で指名を受けて入団した。 1年目は、全ルーキー中2位となる一試合平均13得点を挙げてオールルーキー1stチームに選出された。特にバックス戦では48得点をあげた。これはルーキーとしては史上3位タイとなる高得点である。

初年度の2005-06終了後、T・J・フォードとのトレードでミルウォーキー・バックスに移籍した。移籍後、2006-07シーズンはケガの影響、2007-08シーズンは主に易建聯の控えなどで成績が伸び悩んだ。しかし、2008-09シーズンはほとんどの部門でキャリアハイを記録し、大きく成長した。

2008-09シーズン後、デトロイト・ピストンズへ移籍した。

2009年、ドミニカ代表として2009年FIBAアメリカ選手権に参加。1試合平均17.1点、7.4リバウンドと活躍した。

プレースタイル

"Big Smooth"の愛称からも連想できるとおり、211cmの長身でありながら無骨な印象はなく、インサイドから3ポイントまで広い攻撃オプションを持つ。高い運動能力と走力を備えており、オフェンス能力は高いが、反面ディフェンスに難がある。